リベルタビラLIBERTA VILLA)は、1982年から1990年まで日産自動車が日本国内向けに製造・販売していた小型乗用車。パルサーの日産店向け姉妹車にあたる。

初代 N12型系(1982年-1986年) 

前身にあたるバイオレットは1981年、「バイオレットリベルタ」としてフルモデルチェンジを行ったものの、同じ日産店で取り扱われる910型ブルーバードと車格が近いために競合していた。そのため販売店サイドの要請もあって、ブルーバードと競合しない1つ下のサニー/パルサークラスへ移行することとなった。

  • 1982年6月 - ハッチバックのみであったパルサー/ラングレー兄弟の4ドアセダン版として登場。パルサーにあった1.3Lの設定はない。発売当初のCMには、当時レパードおよびブルーバードのCMに出演中の加山雄三と沢田研二を起用した事で話題となった。
  • 1983年5月 - 低速域から作動する1500ターボ(E15ET)を発売。グレードはSSSターボであった。ブルーバード販売会社で扱うことからブルーバードの弟分というイメージが強かった(同様にラングレーはスカイラインの弟分という位置付けがなされた)。
  • 1984年5月 - マイナーチェンジでフロント/リヤまわりのフェイスリフトを実施。既存の1.5GF-Eはスポーティ志向になりSSS-Eに改称。
  • 1986年4月 - パワーステアリング・AM/FMラジオ&カセットステレオ・フルドアトリムを装備したモデル末期のお買い得仕様のFCエクストラを追加。同年5月にパルサーがN13にフルモデルチェンジした後もリベルタビラは10月までN12を継続販売。販売終了前月までの新車登録台数の累計は7万291台。

2代目 N13型系(1986年-1990年) 

  • 1986年10月 - 登場。ボディは4ドアセダンと3ドアハッチバックの2種類。パルサーが先にモデルチェンジされ、後からラングレーと同時にモデルチェンジされた。このモデルから3ドアハッチバックがラインナップに加わり、販売戦略上はこちらをメインにした。燃費のための軽量化よりもハード面や品質面を重視し、パルサーとともに日産初の日本カー・オブ・ザ・イヤーを受賞する。エンジンは初代同様に1.5Lガソリンと1.7Lディーゼル。1.5Lターボに代わって1.6Lツインカムが用意された。ハッチバックには女性仕様車も設定された。
  • 1987年1月 - セダンに四輪駆動車を追加。
  • 1988年10月 - マイナーチェンジで1.5LのエンジンをE型から12バルブのGA型に変更すると同時にフェイスリフトも行われた。CM出演者は江本孟紀。
  • 1990年8月 - 販売終了。パルサーのN14型へのフルモデルチェンジに際し、兄弟車のラングレー/リベルタビラは消滅した。この時期の日産は販売店の統廃合(チェリー店をプリンス店に統合)が進められ、車種整理をしていた時期でもあった。

脚注

車名の由来

リベルタはイタリア語で自由と独立を、ビラはイタリア語で別荘と公園と田舎の家を表している。

関連項目

  • 日産・パルサー - 姉妹車
  • 日産・ラングレー - 姉妹車
  • 日産・バイオレット - 先代車

外部リンク


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日産 リベルタビラ (初代 19821986):パルサー/ラングレーの姉妹車種として誕生 [N12] 日産 パルサー, パルサー, 日産自動車

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