六手(むて)は、千葉県君津市の地名。丁番を持たない単独町名で、郵便番号は299-1111。
地理
市内西部、小糸川支流の馬登川左岸に位置する。地内北部には水田が広がり、西部から南部は山林となっている。
また、南に離れた場所に飛地が存在し(北緯35度16分31秒 東経139度56分56秒)、こちらはほぼ全域が山林である。
北で中島、東で泉、南東で尾車、南で皿引・大山野、西で宮下・常代、北西で三直とそれぞれ接する(いずれも君津市)。また飛地部分は北で白駒(飛地)、東で草牛、南から西にかけて馬登とそれぞれ接する(いずれも君津市)。
河川
- 小糸川 - 北西の端でわずかに面しているのみだが、千葉県道164号荻作君津線がこの部分を通過している。三直地区との境界をなす。
- 馬登川 - 東部から北部にかけて流れ、泉・中島両地区との境界をなす。
歴史
地名の由来
日本武尊の東征伝説において、日本武尊が豪族・阿久留王と戦った時、阿久留王の手下の手が斬り落とされ、それが6つ当地に流れ着いたことにちなむとされる。
沿革
- 江戸時代 - 周淮郡六手村成立。延享年間には旗本河内氏・御手洗氏・筧氏・井上氏・斎藤氏・小俣氏の相給、後には小俣氏を除く5氏の相給。
- 嘉永年間 - ペリー来航に際し、六手村から江戸屋敷に6人の人足を送る。
- 1873年(明治6年) - 六手村、千葉県に所属。
- 1889年(明治22年)4月1日 - 町村制施行により周淮郡周南村大字六手となる。
- 1897年(明治30年)4月1日 - 周南村、郡統合により君津郡所属となる。
- 1954年(昭和29年)3月31日 - 周南村と君津町(初代)・貞元村が合併し君津郡君津町(2代目)が成立、同町の大字となる。
- 1971年(昭和46年)9月1日 - 君津町が市制施行し、君津市となる。
- 2003年(平成15年)3月3日 - 君津市道六手貞元線全通。
世帯数と人口
2019年(令和元年)9月30日現在の世帯数と人口は以下の通りである。
小・中学校の学区
市立小・中学校に通う場合、学区は以下の通りとなる。
交通
地内を通る鉄道路線はない。最寄駅はJR内房線君津駅。
バス
- 日東交通
- 周西線 君津製鐵所行・中島行
- 三島線 木更津駅西口行・中島行
- 君津市コミュニティバス
- 小糸川循環線(中島系統) 君津駅南口行・君津グラウンドゴルフ場行
道路
- 高速道路
- 館山自動車道
- 地内を南北に通過するが、施設はない(君津IC - 君津PA/SIC間)。
- 一般県道
- 千葉県道164号荻作君津線
- 六三橋 - 三直との境界で小糸川を渡る橋。
- 鹿野山表大橋 - 泉との境界で馬登川を渡る橋。
施設
- 六手公民館
史跡
- 附属寺
- 六手八幡神社
- 浅間神社
- 鹿島台遺跡
脚注
注釈
出典
参考文献
- 「角川日本地名大辞典」編纂委員会『角川日本地名大辞典12. 千葉県』角川書店、1984年。ISBN 4040011201。
関連項目
- 周南村




