伊藤 義雄(いとう よしお、1887年(明治20年)5月25日 - 1971年(昭和46年)10月2日)は、大日本帝国陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。
経歴
1887年(明治20年)に東京府で生まれた。陸軍士官学校第18期、陸軍大学校第30期卒業。1930年(昭和5年)8月1日、陸軍砲兵大佐進級と同時に第1師団司令部附となり、慶應義塾大学に配属された。1932年(昭和7年)1月に野戦重砲兵第1連隊長に転じ、1933年(昭和8年)12月に陸軍工科学校教授部長に就任した。
1935年(昭和10年)8月1日に陸軍少将進級と同時に陸軍工科学校長に着任。1936年(昭和11年)関東軍兵器部長に就任し、この間1937年(昭和12年)8月30日から9月23日まで関東軍臨時兵站監を務めた。1938年(昭和13年)7月15日、陸軍中将進級と同時に旅順要塞司令官に着任し、1939年(昭和14年)8月1日に待命、9月3日に予備役に編入された。
1947年(昭和22年)11月28日、公職追放仮指定を受けた。
栄典
- 勲章等
- 1940年(昭和15年)8月15日 - 紀元二千六百年祝典記念章
脚注
参考文献
- 福川秀樹 編著『日本陸軍将官辞典』芙蓉書房出版、2001年。ISBN 4829502738。
- 外山操 編『陸海軍将官人事総覧 陸軍篇』芙蓉書房出版、1981年。ISBN 4829500026。



